私がSTYLE PHOTOSを立ち上げたのは昨年のことですが、それ以前からずっと撮影を担当させていただいている方がいます。オペラ歌手として国内外で活躍する天野加代子さん。先月も大使館でコンサートを撮影したばかりです。天野さんとのお仕事は、撮影というより「伴奏」をしているような不思議な感覚になります。当日の調子、感情、表情、見せ場、それらを感じとりながら、息を合わせてシャッターを切る。その動作は音楽を奏でる一員のようにも思えるのです。
在ロシア日本大使公邸での出会い
加代子さんとの出会いは、2017年の春に遡ります。そのころ私は夫の仕事で、モスクワ暮らしも7年目に入っていました。もうすぐ日本へ本帰国というタイミングでIWC (国際婦人の会/The International Women’s Club of Moscow)の定期イベントに参加する機会がありました。それは各国大使館が持ち回りで国際婦人の交流会を催すのですが、その回はたまたま日本国大使公邸が開催場所でした。
ロシアにおける日本文化の人気は非常に高く、注目の大きいイベントでした。3月という時節、パーティー会場には立派な雛人形が飾られ、私も日本人としてたいへん誇らしく感じたものでした。金屏風の前で、美しい桜色の着物に身を包まれた大使夫人がご挨拶され、その後に特別ゲストによるコンサートが始まりました。それがオペラ歌手、天野加代子さんとの出会いです。
国境を越える魂(душа デュシャ)
想像してください、丸6年間日本を離れて触れる日本の曲「さくら」。私の目の前には、淡く風にそよぐ桜の木々が浮かびました。ピアノで奏でられる和の音階が胸に刺さりました。「なんて美しく独特の文化なのだろう・・」と。
そして加代子さんの歌う「さくら」は、力強くかっこよかった。日本語で歌いながらも、間奏にロシア語の詩を詠みあげる、その瞬間、私はこの歌は国境を超えていると感じました。それは日本からそのまま運ばれてきた「さくら」ではなく、「Sakura」でした。日本的な情緒を表現しながらも、様々な国の人の心に届く世界観。ことロシアの方々の日本への憧れをそのまま体現したような、かっこよさだったのです。
ロシア人との会話でよくдуша(デュシャ)という言葉を耳にしました。意味は「心、魂、霊、気質」、目には見えない感覚的な言葉。そのときも現在も、加代子さんの歌に感じるのは”国境を越えるдуша”。 感銘を受けた私は、そのコンサート後に加代子さんにお声がけし、その時から今日にいたるまで関係が続いています。
写真家として表現する人の”伴奏者”でありたい
日本へ帰国して丸6年。今もありがたいことに年に1、2回は加代子さんのステージを撮影し続けています。この6年の間に、日露の関係は大きく変わりました。もちろん2022年に勃発したウクライナ侵攻による文化、人的交流の制限が理由です。私個人としては、ロシアだからウクライナだからということでなく、戦争を続けている状況を非難します。巻き込まれている罪なき人々を想い辛い気持ちになります。私が知る日露を行き来する人の多くが、バレエや音楽関係等の文化事業に関わっていました。この戦争で苦しんでいるのは、ロシアやウクライナとの文化交流を促進してきた人たちでもあります。
以前のように自由にロシアで活動することが難しい加代子さんですが、душаは世界を駆け回っているように感じます。そして、その想いが少しでも伝わる写真を撮影できればと願います。
私が撮影する人の多くは加代子さんのように強い信念があり、自分で世界を切り開いていくような方々です。写真家として、一人一人と長くお付き合いしハーモニーを生み出せる”伴奏者”でありたいです。